主は緊縛派ではないけれど、吊るのはお好きなようだ。
あたしは「なんでもさせていただきます」と言いながらも、縛られるのが一番好きだ。(あ、奉仕ももちろん好きだけど・・って、それはみんな一緒なのかな)
「縄が、肌を這ったとき、ゾクッとする・・」という表現をよく見かけるけれど、あたしはそこまでの縄フェチじゃないんだと、思う。(主が、縄フェチじゃないから、なのかもしれないが)
だけれども、自分の感覚を、あたしなりに書いてみたい。

縄がかけられ始めると、ドキドキする。
「縛る」って・・とても面倒くさいことだと思うんだけど、そんな手間をかけて構ってもらえるのが、とても嬉しいのだと思う。
乳房に縄がかけられて、変形する。それを見ていると・・・緊張しているんだか、欲情しているんだか、わからなくなってくる。
行程が進むにつれ、締め付けられている感覚が強くなってくる・・ひとつ縄がキュッと締まっていくたびに、どんどんと、主の中に取り込まれていくような感じがする。
もっと、強く・・・もっと・・・。
----------
そこに、吊りが入って・・・宙に浮き・・・自重が完全にかかった瞬間。
また、別の世界が待っている。
縄が食い込む・・奥まで・・体の一番奥まで・・主の中に取り込まれるような感じがする。
苦しくて、切ない・・・。
「きつい」、とは、思う。・・けれども、それが、いいのだ。
ずっと、こうして、耐えていたい。
一番、奥で・・。
時間が経つごとに、奥の・・もっと奥まで入り込んでいける気がする・・。
一番奥の、もっと、奥・・。
だから、痛くても痺れてても、ずっと「大丈夫です・・・」と、言ってしまっていたのだ。
だって、ずっと、このままが、いいのだから。

ところが。
あたしは吊りで怪我をしてしまった。
主は「怪我をさせた」という責任を背負わなければならないし、あたしは「怪我のケア」と向かい合わなくてはいけない。
正直言って、これは双方にとって重大な問題だ。
(怪我をする前は、「痺れてます」と言うと解かれちゃうから、それも内緒にしておこうかな・・ってな馬鹿だった。そもそも痺れてるくらい、なんてことないと思っていた。危ないと一般的に言われている行為をしていると自覚があっても、自分で痛い目に遭わないと馬鹿にはわからないのだと思う)
というわけで・・。
世界にはまりこまないよう、必死で冷静さを保とうとし、真剣に「キツさ具合」と向き合ってみたところ・・。
「何処が一番、苦しい?」主が問う。
「胸です・・・下の縄・・・」
「そうか」
「あ、上の縄かもしれません・・・」
「・・わからないんだな?」
「・・・・はい・・・・(どうしよう、そう言われてみれば、わからない!!)」
ええと・・コレ↑を、解説すると。
要は、全部通常の状態ではない訳で。
苦しさの度合いを「ここが5で、ここが3」と、量ることができなかったのだ、本当に。
基本的には、全部が苦しい。しかも、それがいいと感じている。
でも、一応・・怪我も治ってないのに、懲りずにやってるわけで・・これで更に怪我したら、真の馬鹿になってしまう。「変態」としてはイケてるレッテルかもしれないけど、それはやっぱり、一社会人として、なんとか回避しなくては・・。
そういう意味で痛み分析(?)を頑張ったけれども、「いつ、限界なのか」は、「よくわからない」のだということが、よくわかったという結果になった。
そもそも痛いことをしてるのに「これ、痛い?」と自分に問いかけてるのは、ものすごく間抜けな行為だとも思う(笑)。
堪えるという意識もなく悲鳴を上げたときが本当に「ギブ!!」という瞬間なんだろうけれど・・その瞬間から解き始めても「間に合わない」ことは体験済みだ。
それを知ってることは良いことなんだろうけれど・・「ギブ」の一歩手前が自分でわからなければ、どうしようもない。
そんなわけで・・今までなら「大丈夫です(本当に、大丈夫な状態・・嘘をついてないし、飛んでてわからなくなってるわけでもないし、どこも痺れてないし、一部だけに負担がかかっているわけではない状態)」とキッパリ言っていたところ、とりあえず(わからないから)「苦しいです」と、比較的浅い段階で根を上げてみた。
主はすぐに縄を解いてくださった。
もっと、耐えられたと思う・・けれども、仕方がない。
苦しさの度合いが自分で把握できないんだから、怪我中くらいはおとなしくしていよう。
それでも、ここまで、遊んでしまっているのだから。
縄を解きながら主が「早くなっただろう?」と仰った。
確かに、ものすごく、早くなっていた。
吊ってる縄を飾ってるな・・と感じていたから、そういうの全部解くの大変そう・・と想像していたけれど、あっという間に、解かれていった。
早く解けるようになにか工夫をなさっているのかもしれない。
吊られていた体の片足が・・トン・・と床に下ろされたとき。
主の体の中から出されて、元の世界に戻ってきたような感覚に囚われる。
苦痛からの解放・・安心感・・そして、ぽっかりとした寂しさ。
本当は、主は揺らしたり、回したりするのがお好きなようなので・・苦しそうなあたしの姿を見ながら、一服し、お酒でも楽しんで欲しかったと思う。
完治したらまた、もう少し長い時間、主の手の中で遊ばれたいと・・・心から願う。
いつもはけっこうガッツリ痕が残るんだけれど、「ほどほど」で根を上げてしまったせいか、痕もあまり残らなかった。
寂しいけれど、こうやって写真を撮ってくださったので・・今回は痕のかわりに画像が残った・・という感じだ。
たいした痕ではないけれど、縄のラインに沿って鬱血したっぽい痕が残った部分は、胸の上の縄部分と、腰の下の縄部分だった。
特に胸の上は肋骨に打撲っぽい痛みも残っている。
吊られているときは「よくわからなかった」けれども、こうやって痕が残ってみると「そうだったのか」と知ることができた。
(今、それを知れても、意味がないのかもしれないけれども)
腕にも巻かれているけれど、ひとかけらの痕も残っていない。主も「腕には負担がかかっていないはずだ」と言っていたけれど、本当なんだなと思った(いえ、疑っていたというわけではなく、実感として)。
怪我を気遣ってくれたのだとは思うけれど、暑い季節なのでこの部分に痕が残らないのは、正直有り難い・・と、感謝している。
それだけではなく、全体的に・・主もものすごく慎重に遊んでくださっているのだと、画像を見て感じた。
これなら全然大丈夫じゃない?やっぱり、もうちょっと、耐えればよかった、失敗・・・と、実は思ってしまった馬鹿なあたしがいるのだが・・・。

SMってなんなのかな?と、今更ながら、思ってしまう。
いや、特に「SM」を、語るつもりはないのだけれど。
気持ちがぶっ飛んでしまうと、もう、どうなってもいい!と思ってしまうし、何が起きているのかすら把握できないパニック状態の中、意識が真っ白くなるとき・・ある種の充実感をあたしは得る。
決して・・日常生活では得られない、特殊な感覚なのだと思う。
けれども、あたしは怪我をして「どうなってもいい」という気持ちのツケを支払わなければならなくなった。
快楽に流され「どうなってもいい」だなんて、思ってしまってはいけないのだ。
いや、思うことはいいのだろうけど、はね返ってくることを知ってしまった以上、迂闊に踏み込めないぞ・・・と、今更ながら思い知ったのだと思う。
「気をつける」ということは、自らラインを引くことだと思う。
「ここまではOK」で「ここから先はレッドゾーン」だと。
そのラインを引くという行為は、気持ちを醒ましたまま責めを受けなくてはいけないということだ。
ちょっとだけ、つまらない。
自らラインを引くために、気持ちを醒まさなければいけないからだ。
ラインはちゃんと意識しなければいけない、と学んだけれど・・それでも、それを意識せずに遊んで頂く方が当然、楽しい。
自分の家庭や仕事は、自分で守らなければいけないのだとわかっていながら、快楽を求めているということだ。
馬鹿だと、思う。
馬鹿は死ななきゃ直らないと言うが、本当だ。
但し・・・責めの途中死んだら、あたしは幸せだろうけれど、主は大変なことになるのだから、やっぱり死ぬ前に馬鹿を直さなくちゃいけない。
今回、自ら「ほどほど」を肝に銘じ、自制した(つもりだ)。
それでも、やっぱり気持ちが良かったし、とても楽しかった。
その先にあるものを、知っているから・・「もっと、踏み込みたかった」と、贅沢を言ってしまうが、腹八分で止めておくことを覚えたいと思う。
死なないように・・というのは、冗談にならない。
ラインについて、いろいろな思いはあるけれど・・主の傍を離れないことが一番大事だと思っているなら、「死なないこと」、「怪我、病気をしないこと」はまた、それよりも大事だと肝に銘じる。
うだうだと書いてしまったけれども、結論。
怪我と馬鹿を、早く治したいと思う。
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そこに、吊りが入って・・・宙に浮き・・・自重が完全にかかった瞬間。
また、別の世界が待っている。
縄が食い込む・・奥まで・・体の一番奥まで・・主の中に取り込まれるような感じがする。
苦しくて、切ない・・・。
「きつい」、とは、思う。・・けれども、それが、いいのだ。
ずっと、こうして、耐えていたい。
一番、奥で・・。
時間が経つごとに、奥の・・もっと奥まで入り込んでいける気がする・・。
一番奥の、もっと、奥・・。
だから、痛くても痺れてても、ずっと「大丈夫です・・・」と、言ってしまっていたのだ。
だって、ずっと、このままが、いいのだから。

ところが。
あたしは吊りで怪我をしてしまった。
主は「怪我をさせた」という責任を背負わなければならないし、あたしは「怪我のケア」と向かい合わなくてはいけない。
正直言って、これは双方にとって重大な問題だ。
(怪我をする前は、「痺れてます」と言うと解かれちゃうから、それも内緒にしておこうかな・・ってな馬鹿だった。そもそも痺れてるくらい、なんてことないと思っていた。危ないと一般的に言われている行為をしていると自覚があっても、自分で痛い目に遭わないと馬鹿にはわからないのだと思う)
というわけで・・。
世界にはまりこまないよう、必死で冷静さを保とうとし、真剣に「キツさ具合」と向き合ってみたところ・・。
「何処が一番、苦しい?」主が問う。
「胸です・・・下の縄・・・」
「そうか」
「あ、上の縄かもしれません・・・」
「・・わからないんだな?」
「・・・・はい・・・・(どうしよう、そう言われてみれば、わからない!!)」
ええと・・コレ↑を、解説すると。
要は、全部通常の状態ではない訳で。
苦しさの度合いを「ここが5で、ここが3」と、量ることができなかったのだ、本当に。
基本的には、全部が苦しい。しかも、それがいいと感じている。
でも、一応・・怪我も治ってないのに、懲りずにやってるわけで・・これで更に怪我したら、真の馬鹿になってしまう。「変態」としてはイケてるレッテルかもしれないけど、それはやっぱり、一社会人として、なんとか回避しなくては・・。
そういう意味で痛み分析(?)を頑張ったけれども、「いつ、限界なのか」は、「よくわからない」のだということが、よくわかったという結果になった。
そもそも痛いことをしてるのに「これ、痛い?」と自分に問いかけてるのは、ものすごく間抜けな行為だとも思う(笑)。
堪えるという意識もなく悲鳴を上げたときが本当に「ギブ!!」という瞬間なんだろうけれど・・その瞬間から解き始めても「間に合わない」ことは体験済みだ。
それを知ってることは良いことなんだろうけれど・・「ギブ」の一歩手前が自分でわからなければ、どうしようもない。
そんなわけで・・今までなら「大丈夫です(本当に、大丈夫な状態・・嘘をついてないし、飛んでてわからなくなってるわけでもないし、どこも痺れてないし、一部だけに負担がかかっているわけではない状態)」とキッパリ言っていたところ、とりあえず(わからないから)「苦しいです」と、比較的浅い段階で根を上げてみた。
主はすぐに縄を解いてくださった。
もっと、耐えられたと思う・・けれども、仕方がない。
苦しさの度合いが自分で把握できないんだから、怪我中くらいはおとなしくしていよう。
それでも、ここまで、遊んでしまっているのだから。
縄を解きながら主が「早くなっただろう?」と仰った。
確かに、ものすごく、早くなっていた。
吊ってる縄を飾ってるな・・と感じていたから、そういうの全部解くの大変そう・・と想像していたけれど、あっという間に、解かれていった。
早く解けるようになにか工夫をなさっているのかもしれない。
吊られていた体の片足が・・トン・・と床に下ろされたとき。
主の体の中から出されて、元の世界に戻ってきたような感覚に囚われる。
苦痛からの解放・・安心感・・そして、ぽっかりとした寂しさ。
本当は、主は揺らしたり、回したりするのがお好きなようなので・・苦しそうなあたしの姿を見ながら、一服し、お酒でも楽しんで欲しかったと思う。
完治したらまた、もう少し長い時間、主の手の中で遊ばれたいと・・・心から願う。
いつもはけっこうガッツリ痕が残るんだけれど、「ほどほど」で根を上げてしまったせいか、痕もあまり残らなかった。
寂しいけれど、こうやって写真を撮ってくださったので・・今回は痕のかわりに画像が残った・・という感じだ。
たいした痕ではないけれど、縄のラインに沿って鬱血したっぽい痕が残った部分は、胸の上の縄部分と、腰の下の縄部分だった。
特に胸の上は肋骨に打撲っぽい痛みも残っている。
吊られているときは「よくわからなかった」けれども、こうやって痕が残ってみると「そうだったのか」と知ることができた。
(今、それを知れても、意味がないのかもしれないけれども)
腕にも巻かれているけれど、ひとかけらの痕も残っていない。主も「腕には負担がかかっていないはずだ」と言っていたけれど、本当なんだなと思った(いえ、疑っていたというわけではなく、実感として)。
怪我を気遣ってくれたのだとは思うけれど、暑い季節なのでこの部分に痕が残らないのは、正直有り難い・・と、感謝している。
それだけではなく、全体的に・・主もものすごく慎重に遊んでくださっているのだと、画像を見て感じた。
これなら全然大丈夫じゃない?やっぱり、もうちょっと、耐えればよかった、失敗・・・と、実は思ってしまった馬鹿なあたしがいるのだが・・・。

SMってなんなのかな?と、今更ながら、思ってしまう。
いや、特に「SM」を、語るつもりはないのだけれど。
気持ちがぶっ飛んでしまうと、もう、どうなってもいい!と思ってしまうし、何が起きているのかすら把握できないパニック状態の中、意識が真っ白くなるとき・・ある種の充実感をあたしは得る。
決して・・日常生活では得られない、特殊な感覚なのだと思う。
けれども、あたしは怪我をして「どうなってもいい」という気持ちのツケを支払わなければならなくなった。
快楽に流され「どうなってもいい」だなんて、思ってしまってはいけないのだ。
いや、思うことはいいのだろうけど、はね返ってくることを知ってしまった以上、迂闊に踏み込めないぞ・・・と、今更ながら思い知ったのだと思う。
「気をつける」ということは、自らラインを引くことだと思う。
「ここまではOK」で「ここから先はレッドゾーン」だと。
そのラインを引くという行為は、気持ちを醒ましたまま責めを受けなくてはいけないということだ。
ちょっとだけ、つまらない。
自らラインを引くために、気持ちを醒まさなければいけないからだ。
ラインはちゃんと意識しなければいけない、と学んだけれど・・それでも、それを意識せずに遊んで頂く方が当然、楽しい。
自分の家庭や仕事は、自分で守らなければいけないのだとわかっていながら、快楽を求めているということだ。
馬鹿だと、思う。
馬鹿は死ななきゃ直らないと言うが、本当だ。
但し・・・責めの途中死んだら、あたしは幸せだろうけれど、主は大変なことになるのだから、やっぱり死ぬ前に馬鹿を直さなくちゃいけない。
今回、自ら「ほどほど」を肝に銘じ、自制した(つもりだ)。
それでも、やっぱり気持ちが良かったし、とても楽しかった。
その先にあるものを、知っているから・・「もっと、踏み込みたかった」と、贅沢を言ってしまうが、腹八分で止めておくことを覚えたいと思う。
死なないように・・というのは、冗談にならない。
ラインについて、いろいろな思いはあるけれど・・主の傍を離れないことが一番大事だと思っているなら、「死なないこと」、「怪我、病気をしないこと」はまた、それよりも大事だと肝に銘じる。
うだうだと書いてしまったけれども、結論。
怪我と馬鹿を、早く治したいと思う。
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