日曜の深夜だっただろうか。主様の着信音が耳元で鳴り響いた。電話を取った途端、「今週は何曜が空いてるんだ」と一言。「・・・・(あー、うー)木曜です」完全に眠ってたので朦朧としていたんだけれども、そう答えた。
「わかった」主様はそう仰って電話を切った。
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電話は久しぶりだったので、眠っていてもそれを嬉しく思ったし、滅多にない「約束」をしたような気分にもなれて、木曜日を心待ちにすることができた。
けれども残念なことに、昨日、連絡はなかった。最近声をかけてくださるときは、昼間の早い時間にメールが来ることが多い。夕方になってもメールが来なかったので「お忙しいんだな」と判断して気持ちを切り換え、いつも通り夜は運動をして過ごした。
けれど、丁度帰り際、主様からメールが来て、忙しくて今日は呼べない旨をわざわざ伝えてくださった。
乙女チックな表現になってしまうんだけど、そのメールで心が一気に「ぽわわわん」と幸せになってしまった♪
逢えなかったのに幸せなのは変だと思うんだけれども。
構図としては「連絡ない、ダメなんだな(凹)」→「きゃー、わざわざそれをお知らせいただけた!(ハート)」というものなので、幸せになっちゃうのも無理はないのかもしれないけれど。
冷たくされると、性的に惹かれる。気を遣っていただくと、女的に喜ぶ。
温と冷、どっちが来ても、結局あたしは喜ぶんだなって思った。
(なんだかそれって、オモシロイ・・・と、自分の感情ながら、なにか発見したような気になったりしたので、特筆しちゃいました)
それにしても、約束を楽しみにしてたのに「あ、ダメなんだな」って「連絡がないこと」から伝わったというのは、我ながら成長したなと思ってしまった。自分で自分を誉めるのはいやらしいけど、でもその部分で過去何度も躓いたので、「主様、あたし大丈夫になりました!」と伝えたくて、あえて書かせていただこうと思う。
が、それは「成長」ではなく、ようやく「完全にふっきれた」のかもしれない、と思っていたりもする。
なにを?
このブログの存在を、である。
「便利に使う」ことがようやくできてきたのかもしれない。
ブログでこういったプライベートな感情や出来事や変態行為を公開し続けるということにストレスがかかるとは、最初の頃全く予想していなかったことだった。
けれども、主様とあたしの関係(特にあたしの不安定さ)は「ブログ以前」と「ブログ後」に分けて考えられるくらい、大きく変化し続けた。ブログ以前では平気で乗り越えられたことが、ブログ後に躓くってことも多かったんだ。
多大なる恩恵を受けているこのブログの存在だけれども、いろいろな意味で管理にかかるストレスも大きく、そのことがあたしを追いつめていったんだと思う。
楽しくてやってることであるけれども、反面辛いこともあるっていうのかなぁ・・・やってなければ味わえなかった喜びも楽しさも、そして辛さも面倒くささも、全部を手にすることになるっていうのかなぁ。混沌としてしまうのは、当然のことなのかもしれない。
今思えば、(ブログへの)思い入れが強すぎたんだと思う。
「ま、これもひとつの遊びだから」という風には思えず、「とても大切な、主様との居場所」みたいに一度捉えてしまい熱を入れてしまうと、ちょっとした批判がすさまじいストレスになってしまう。対応はどんどん慣れていって「まぁ、こんな返答しとけばいいか」とか冷静に処理していながらも、ストレスとして蓄積されていったんだと思う(そして、結果、飼い主の主様にはね返ってしまうという)。
それは、受けてみないとわからなかった(予想できなかった)ことなんだけれども。
それがようやく「便利なツール」として、処理できるようになったというのかな。ストレスがほとんどなくなったというのかな。(スパムコメの多さには、毎日閉口しているけれど・・・)
いや、「ブログを軽視する」を目標にしてたわけじゃないんだけど・・・。
アクセス数がダブルミリオンに届いた頃、いい加減毎日更新しなくていいんじゃ?・・・というか縮小していきたい、と思うようになった。日常生活の中でブログの優先度を落としたら、主様の気遣いがとても素直に伝わってきたような気がする。そういえば、いろいろなものを犠牲にして、毎日更新を(取り憑かれたように)し続けていたっけ。
観客がいるから頑張ってしまうところは、主様とあたしのとてもよく似ているところだと思う。あたしはよく主様に対して「そこまでサービスしなくても(ハプバーにて5分に一回ハプニングを繰り出す主様、とか)」と感じることはあった。
同じコトを、あたしはブログの読者にしていたのかもしれないな。
大切なことは、主様に気持ちを伝えることだけであるはずなのに。
「ブログ」には、なんというのか・・・こう、「空回り」させる魔力があるんじゃないかと、あたしは思う。それに翻弄されていたんだろうな、と、今になってみて、思う。

オマケ画像は、最近凝っている(?)冷蔵庫とのコラボです。
冷蔵庫前のポジションは、玄関から丸見えで、妙にドキドキしてしまうのです。
もしあのドアが突然開いたら・・・?を楽しんでしまってます。
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電話は久しぶりだったので、眠っていてもそれを嬉しく思ったし、滅多にない「約束」をしたような気分にもなれて、木曜日を心待ちにすることができた。
けれども残念なことに、昨日、連絡はなかった。最近声をかけてくださるときは、昼間の早い時間にメールが来ることが多い。夕方になってもメールが来なかったので「お忙しいんだな」と判断して気持ちを切り換え、いつも通り夜は運動をして過ごした。
けれど、丁度帰り際、主様からメールが来て、忙しくて今日は呼べない旨をわざわざ伝えてくださった。
乙女チックな表現になってしまうんだけど、そのメールで心が一気に「ぽわわわん」と幸せになってしまった♪
逢えなかったのに幸せなのは変だと思うんだけれども。
構図としては「連絡ない、ダメなんだな(凹)」→「きゃー、わざわざそれをお知らせいただけた!(ハート)」というものなので、幸せになっちゃうのも無理はないのかもしれないけれど。
冷たくされると、性的に惹かれる。気を遣っていただくと、女的に喜ぶ。
温と冷、どっちが来ても、結局あたしは喜ぶんだなって思った。
(なんだかそれって、オモシロイ・・・と、自分の感情ながら、なにか発見したような気になったりしたので、特筆しちゃいました)
それにしても、約束を楽しみにしてたのに「あ、ダメなんだな」って「連絡がないこと」から伝わったというのは、我ながら成長したなと思ってしまった。自分で自分を誉めるのはいやらしいけど、でもその部分で過去何度も躓いたので、「主様、あたし大丈夫になりました!」と伝えたくて、あえて書かせていただこうと思う。
が、それは「成長」ではなく、ようやく「完全にふっきれた」のかもしれない、と思っていたりもする。
なにを?
このブログの存在を、である。
「便利に使う」ことがようやくできてきたのかもしれない。
ブログでこういったプライベートな感情や出来事や変態行為を公開し続けるということにストレスがかかるとは、最初の頃全く予想していなかったことだった。
けれども、主様とあたしの関係(特にあたしの不安定さ)は「ブログ以前」と「ブログ後」に分けて考えられるくらい、大きく変化し続けた。ブログ以前では平気で乗り越えられたことが、ブログ後に躓くってことも多かったんだ。
多大なる恩恵を受けているこのブログの存在だけれども、いろいろな意味で管理にかかるストレスも大きく、そのことがあたしを追いつめていったんだと思う。
楽しくてやってることであるけれども、反面辛いこともあるっていうのかなぁ・・・やってなければ味わえなかった喜びも楽しさも、そして辛さも面倒くささも、全部を手にすることになるっていうのかなぁ。混沌としてしまうのは、当然のことなのかもしれない。
今思えば、(ブログへの)思い入れが強すぎたんだと思う。
「ま、これもひとつの遊びだから」という風には思えず、「とても大切な、主様との居場所」みたいに一度捉えてしまい熱を入れてしまうと、ちょっとした批判がすさまじいストレスになってしまう。対応はどんどん慣れていって「まぁ、こんな返答しとけばいいか」とか冷静に処理していながらも、ストレスとして蓄積されていったんだと思う(そして、結果、飼い主の主様にはね返ってしまうという)。
それは、受けてみないとわからなかった(予想できなかった)ことなんだけれども。
それがようやく「便利なツール」として、処理できるようになったというのかな。ストレスがほとんどなくなったというのかな。(スパムコメの多さには、毎日閉口しているけれど・・・)
いや、「ブログを軽視する」を目標にしてたわけじゃないんだけど・・・。
アクセス数がダブルミリオンに届いた頃、いい加減毎日更新しなくていいんじゃ?・・・というか縮小していきたい、と思うようになった。日常生活の中でブログの優先度を落としたら、主様の気遣いがとても素直に伝わってきたような気がする。そういえば、いろいろなものを犠牲にして、毎日更新を(取り憑かれたように)し続けていたっけ。
観客がいるから頑張ってしまうところは、主様とあたしのとてもよく似ているところだと思う。あたしはよく主様に対して「そこまでサービスしなくても(ハプバーにて5分に一回ハプニングを繰り出す主様、とか)」と感じることはあった。
同じコトを、あたしはブログの読者にしていたのかもしれないな。
大切なことは、主様に気持ちを伝えることだけであるはずなのに。
「ブログ」には、なんというのか・・・こう、「空回り」させる魔力があるんじゃないかと、あたしは思う。それに翻弄されていたんだろうな、と、今になってみて、思う。

オマケ画像は、最近凝っている(?)冷蔵庫とのコラボです。
冷蔵庫前のポジションは、玄関から丸見えで、妙にドキドキしてしまうのです。
もしあのドアが突然開いたら・・・?を楽しんでしまってます。
★アダルト検索一発サーチ
何かをはき出したくて、気持ちを整理しないといけない事情によって、プログ日記を、憑かれたように書き続けてしまうこともあった。
相手に直接伝えるのでは駄目なんだ。あれこれ忖度してしまって、送信ボタン押したとたんに凹むこともあるし(笑)。
そういう時を過ぎると、プログを続ける意義を感じなくなってしまったりするものだけれど、それなりに意味も見いだせるっていいね〜。
でも、毒吐きしているプログ、「多少イタイ」っていう日記って面白いんだなあ。「共感ど真ん中」という意味で。けれど、突然閉じられたりしてがっかりっていうことも多い。
ある時期を過ぎると、読んでる人に魅力を感じさせてくれる記事って書きにくいと思うのだけれど、私は、ここの更新を楽しみにしてますし、何気ない記事でもちょっとうれしかったりします。